トレッキング初心者が始めちゃったブログ

【ここだけの話】『トレッキング初心者が始めちゃったブログ』 と、タイトル設定したけど、今のところ主な活動は、「山登り」、「山歩き」、要は登山ですね。これが実に楽しい。タイトル下にも書いたけど、本当に不思議なくらいにこの世界に引き込まれていく自分が突然として顔を見せた。自分はいい年齢(トシ)なので、余り危険なことをする気はないけど、若いうちにこの世界を知っていれば、もしかしたら冒険心みたいな気持ちに灯がともってしまったかもしれない。この「山の世界」、かなりお勧めである。

2017年11月10日金曜日

反省山行『雲取山』三峰から鴨沢へ

2017年、今年は雲取山の年。山頂はさすがにこの日も賑わっていました。

家内と山に行ってきた。最近、家内は歩きに少しばかり自信を持ってきたようで、秋以降これで3回目の二人での山行となった。歩いてきたのは雲取山。雲取山を選んだのは、おそらくこのくらいなら今の家内なら歩けるだろうと思ったので、自分の方から提案してみた。すると自信の表れか、即OK。実は自分としてもこの山の三峰口からのコースを歩いたことがなかったので、正直なところ一度は行ってみたかった。出発は3連休ど真ん中の土曜日。前日出発も考えたが、天気予報を見るとこの日がベストだった。
初めての三峰口からの山行は、まず三峰神社にたどり着くまでが大変だった。最近のパワースポット人気か、それとも紅葉シーズンだからなのか、西武秩父駅からの急行バスは1台増便にもかかわらず、超満員。そんな中、デカいザックをデーンと床に置くもんだから、ひんしゅく間違いなしの状態で、肩身狭く1時間余りも揺られた。ただ、神社駐車場の手前で渋滞が発生し、運転手さんが「降りて歩いてもいいよ」と言ってくれたので、自分も他の乗客とともにバスを降りテクテクと歩き始めた。さあ、早速の登山開始である。それにしても三峰神社、大人気ですな。今回、自分たちは時間の都合から参拝できなかったけど、いつかは行ってみたいもの。

山は色とりどりの季節。朝日と青空が紅葉をより輝かせています。

さて、肝心の山歩きはというと、紅葉彩る三峰ビジターセンター脇の登山口から、10時を過ぎてのスタートとなった。このコース、初めてではあったが、そこは慣れた雲取山、まあ、そんな気持ちでろくに事前準備もしないまま入山したのが、やはり良くなかった。意外に長いこのコース、時間配分が良くわからない。自分としては5時間、だいたい午後3時くらいには楽勝でテン場に着くかなと、たかを括っていたが、途中すれ違ったベテラン風登山者は「雲取山荘に着く頃には暗くなるぞ」と脅しのような言葉。「ウソだろ?」そう思ったけど、結局テン場に着いたのは4時過ぎ。6時間くらいかかった計算になる。確かに自分は今宵のテン場での宴で飲むビールなどもあり20kgを超えるザックでひいひい言っていたし、家内も最初の勢いはどこかに、途中から声が出なくなってきた。一瞬、途中の白岩小屋跡にビバークすることも考えたが、家内は頑張ると言う。そうは言っても周りは天気予報に反して白い霧が立ち込めてくるし、時折、雨もぱらついたりなんかして、気持ち的にも弱気になりかけた。(今日は快晴のはずだったのに...)だけど、このコース、白岩山さえ越えれば、あとは基本、稜線歩きやトラバース道でさほどキツイところはないと記憶していたので、最後はなんとか頑張れた。それにしても事前の山行計画をきちんとすることや地形図を持つこと、そんな基本的なことを怠った自分、まだまだだなと大いに反省。

白岩山へ向かうところで突然に霧が湧いてきた。今日は快晴のはずだったのに。

さて、山荘に着いた自分たちだけど、結局はテン場がいっぱいだったので、山荘手前の雲取ヒュッテ跡の前にビバークすることとした。そんな中、山の天気は変わりやすいとは良く言ったものでテントを張った途端、雨やあられが勢いよく降り始めた。(今日は快晴のはずだったのに...しつこいか?)ただ、気温はプラス5度より下がらなかったこともあって、家内と二人、準備してたお酒は完飲。おかげさまで楽しく一夜のテント生活を過ごすことができた。
翌日はご来光を拝もうと朝4時起きしたものの、準備にまごつき、結局は山荘前でのご来光となった。それでも赤々と燃える太陽はやはり言葉にならぬ感動と勇気みたいなものを自分たちに与えてくれて、氷点下の中、白い息を吐きながらも1日の始まりを熱く、そしてワクワクとさせてくれた。仕事のある日の朝とは大違いだ(笑)。

自分の大好きな場所。雲取避難小屋脇から石尾根を望む。朝日がまぶしい!

さて2日目は、鴨沢までひたすら下り続けるコース。このコースは何度も歩いているので、自分にとってはまさに地図いらずのコース。とはいえ、後でよくよく調べなおしてみたら、このコースも距離は12kmもあるらしく、膝痛を抱え、下りが苦手な家内にとっては、まさに苦痛のコースとなってしまったようだ。自分の感覚としては、サクサク4時間くらいで歩けるコースと記憶していたけど、この日は結局、6時間くらいもかかってしまった。ただ、そんな家内を責めるわけにはいかない。やはりここでも、このコースを甘くみて、膝痛の家内をわざわざ連れて行ってしまった自分の責任はかなり大きい。幸い何事もなかったからよかったものの、場合によっては遭難騒ぎもありえたかも知れない。いや~、コワイ、コワイ。
やはり、こうして振り返ってみると今回の山行、慣れた山域にあぐらをかいて、ちゃんとした山行計画を立てなかったことが、なんといっても最大の反省点。2日目の石尾根でずっと見守ってくれていた富士山もきっと呆れていたことだろう。今度からはきちんとします。ハイ。

この日も石尾根からは富士山が雄大な姿を見せていました。
【Start 1日目:三峰神社~霧藻ヶ峰~白岩山~雲取ヒュッテ跡、2日目:雲取ヒュッテ跡~雲取山~ブナ坂~Goal 鴨沢バス停】
総行程は、距離(1日目:約10km、2日目:約12km)、出発地点標高1102m、最高標高2017m(雲取山)、最低標高533m(鴨沢バス停)、移動平均速度 不明、総所要時間(1日目:約6h、2日目:約6h)(編集中にGPSデータが飛んでしまった...)

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2017年10月29日日曜日

【その後のマイギア】いよいよ寿命かマイシューズ

使用後のメンテナンスもしっかりと行っているので、見た目はまだまだいい。

先日の下ノ廊下のこと。降り続く雨の影響もあって、登山道にはたくさんの水たまりができていた。また渡渉を伴う小さな支流越えがいくつもあったりで、山行では水と接する機会が結構多かった。そんな中自分はというと、いつものようにお構いなしに水の中をバシャバシャと歩いていたが、するとどうだろう、登山靴の命ともいえる防水性はどこに行ってしまったのか、つま先あたりから徐々に水が浸みてくるではないか。テン場に辿り着いてさっそく靴の中をチェックしてみると、やはりそうだ、靴の中はびしょ濡れになっている。幸い気温がそれほど下がっていなかったので冷えを感じることはなかったけど、下手をすると下手をするところだった。山どころでなかったかもしれない。しかも、そこは黒部峡谷のまん真ん中で、エスケープルートがあるわけもなく、翌日も10kmの山歩きが待っている。こうなるともはや諦めるしかなく、結局は翌日も気持ちの悪い状態のまま歩き続けた。

いま履いている靴『zamberlan SHERPA LITE GT』(ザンバラン シェルパライト GT)は山歩きを始めたときに買った登山靴で、買ってから7年目。改めて調べてみると、共に歩いた山行は約60回にも及んでいた。Webなどを見てみると、登山靴の寿命は製造からおよそ5年程度とみるべき的なことが多く書かれている。大体はソールの劣化が寿命の原因のようだが、マイシューズの場合、ソールはまだいけそうで、アッパーの状態もそれほど悪くない。つまり見た目はまだまだ大丈夫そうなのに、肝心の防水性が頼りない状態。ただしこの状態こそが登山靴としては致命的と言わざるを得ないのだろう。今まで一度もまめができたこともなく、最近では山と共にいることが当たり前のような存在になっていたマイシューズ、とても残念だ。とはいっても使用年数も年数だし、う~ん...、でもやはり寿命と見るのかな。
ということで新しいシューズを探さなくっちゃ!って、変わり身の早い自分、なんだか薄情者?でも、これだけは言っておこう。今までありがとう、マイシューズ!

多少すり減り感はあるけど、まだまだいけそうなソール。

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2017年10月24日火曜日

秋の長雨と絶景『下ノ廊下』

下ノ廊下は旧日電歩道。自分、本当にここを歩いてきたんだ!

『下ノ廊下』に行きませんか?雨で流れてしまった9月の槍ヶ岳登山を共に歩く予定だった山友から、突然そんな提案を受けた。『下ノ廊下』?聞いたことはあったけど、正直、予備知識は全くなかった。その後、Webで調べてみると、そこは、なんとも凄いところ。そう、『下ノ廊下』とは、黒部ダムをスタート地点として黒部川の下流域に沿った登山道で、トロッコ列車の終着駅のある欅平(けやきだいら)までの区間を指す。元々は電源開発を目的とした黒部ダム建設の事前調査のために作られた人工的な道で、その距離およそ30km。通常、ルート中に唯一ある阿曽原温泉(あぞはらおんせん)小屋で一泊することが多い。
ここの凄さは、なんといっても深い谷に刻まれた登山道。これにより黒部峡谷のけた外れのスケール感と、足元を踏み外しでもしようものなら命の保障はないだろうと思われるスリル感を存分に味わうことができる。しかも、ここは歩けることができるのが残雪の影響から9月から10月の1~2か月間しかなく、雪の状況によっては開通しない年もあるらしい。今年は10月に入ってからようやく開通したので、歩けるだけでもかなり貴重な体験といえるだろう。
そういうわけで、ここは人気の山域。不良会社員の自分らは少しでも混雑を避けるため、3日間も休暇を取って準備したのだが、そこはレジェンドとも言えそうな雨男の自分、やはりとでも言うか、3日間ともしっかり雨だった...。

左側に小さく見える木道。雨でとても滑りやすい。滑落したらただでは済まないだろう。

さて、実際に歩いてきた『下ノ廊下』、その体験を少しだけ書き留めておこう。初日は長野県側から電車とトロリーバスを乗り継いで、黒部ダム近くのテン場に前泊。この時はまだ雨は降っていなくて、山友が準備してくれた鍋が最高に美味かった。山での鍋は初めてだったが、とてもイイっ、またやるぞと思えるメニューだ。その日、深夜に雨が降り始め、翌朝(といってもAM2時起き)のテント撤収は雨の中。これも初めての経験だったので、ある意味いい経験になった。この日2日目、4時前に歩き始めたので2時間ほどは暗闇の中での歩き。だんだんと川の音が近づいてくる。おそらく内蔵助谷出合だろう、見えないけどその豊富な水量はおおよそ想像がつく。その後、だんだんと夜が明けてくると、すでにそこは黒部峡谷の中。突然に日本の秘境に置かれた自分、何とも不思議な気持ちになる。この日の行程は約10時間。まだ2時間程度だから、この後、どんな景色と出会えるのかと想像するだけでワクワクしてきた。

道幅は体の幅程度、危険個所には針金の手摺がある。もちろん頭上にも注意が必要。

歩を進めていくと、いつの間にか川面から結構な高度にいる。登っている感覚があまりないので、川が下がったのだろう。だんだんと『下ノ廊下』らしい雰囲気になってきた。狭い登山道を踏み外さないように、濡れた木道に足を取られないように、頭上の岩に注意しながら、時には高い木階段を上り下りしたり、時には滝のように流れ落ちてくる水をくぐりながら、慎重に着実に歩いていく。そんな中この日一番、危険を感じたのは黒部別山谷に残っていたちょっとしたビル並みの大きさの雪渓越え。手前の岩壁をロープを伝って登り、雪渓上に上がるとツルツル滑りながらこれまたロープを頼りに向こう側まで渡り、かじかんだ手のまま長い階段を下りて越えた。どれも手を滑らせ、足を滑らせ落ちそうになった。ヤバかった。いやホント怖かった。ただ、そんなこんなの困難を乗り越えていくと、次第に高度感にも慣れてきて、周りの景色が見えるようになってくる。気づくと周りは錦秋のさなか、なんて美しい世界なんだろう。緊張の中にじわーっと感動がやってくる。改めて思ったが、ここは秘境、黒部渓谷、やっぱり普通じゃない場所。とにかく凄いところだ。

木階段を登りきったところ。なかなかの高度感。あまり見ると怖いけど美しい...。

その後、この日のメインビューというべき十字峡を目の前にした。腹の底に響き渡る瀑布の音や、恐ろしくて近づききれない大水量の前に、ただただ立ち尽くすだけの小さな自分。ここは本当に何もかもスケールが大きい。自然を前に人間の存在は本当に小さなものなんだと、この日何度目だろうか、そんなことをつくづくと思った。

これがド迫力の十字峡。ようやく目の前にすることができた。

休憩含めて11時間ほど経って、ようやくこの日のテン場、阿曽原温泉小屋に到着。まずは無事の山行を終えビールで乾杯。依然、雨は降っていたが予定通りテントを設営し、ここの名物の温泉へ。ここの温泉は吉村昭の「高熱隧道」でも有名な温泉を湯船のすぐそばにある横穴から引いてきているらしい。雨で冷え切った体に効く、とてもいい湯だった。夜になると雨がやんできたので、まだまだザックに残っていたビールとワインで乾杯(一体何本持ってきたんだ自分?)。これで随分荷物は軽くなったはず。早めに切り上げ翌日の歩きに備えた。

阿曽原温泉小屋のテン場。この日は雨の影響からか自分たち以外は3張り。

3日目、ザックの中の飲み物はなくなったけど、その分、水をたっぷり吸いこんだテントが重量を稼いでくれているようで、この日も楽でない歩きとなった。阿曽原温泉小屋をスタートすると、20~30分はきつい上り坂。息が上がる。若い山友はぐんぐん先を行き、自分はあっという間に差をつけられる。この日、これっ切りゴール地点まで山友の姿を見ることはなかった。約10km、延々と一人歩きが続いた。初の『下ノ廊下』での一人歩き、山友はそんな粋な計らいを用意してくれていたのだ。
『下ノ廊下』といっても昨日歩いたのは「旧日電歩道」といい、今日のは「水平歩道」と呼ばれている。「水平歩道」は距離が昨日の半分ほど。残り少ない今回の歩きをじっくりと噛みしめるよう、山友に置いて行かれ一人歩きとなった途端、そんなふうに頭を切り替えた。ただこの「水平歩道」、距離は短いというものの、昨日に比べて全体的な高度はあるように感じたし、昨日と違った見どころもある。深いオリオ谷では対岸を歩いている登山者が米粒のように見え、次の志合谷では支流の奥にトンネルを掘ってあり、そこを通って谷を抜けるというここならではの登山道があった。そこのトンネルは、抜けるのに5分以上もかかるし、中は水浸しだし、しかも中でくねくね曲がっていて出口が見えないから、正直、結構不安な気持ちになった。それにしてもこの調査道、よく作ったものだ。

高度感ハンパない水平歩道。慎重に歩を進める。

ただ、その後も粘り強く歩いていると関電の送電線が見えてくるので、そこまで来るとゴールは近くなってくる。遠くにトロッコ列車のアナウンスの声が聞こえてきて、やがて川が見えなくなり下り坂がきつくなってくると、なんだかんだ言いながらもホッとした気持ちが強くなってくる。1時間ほど前に雨はやみ時折日差しも見え始めてきていた。ただ足元はまだまだ濡れた状態。山歩きは締めが肝心と、高まる気持ちを落ち着かせて最後の下り坂をスピーディーかつ慎重に下りていった。すると、眼下に建物の屋根が見え始め、そこがゴールの欅平だと気づく。よく見ると、そこに山友が笑顔で手を振っているのが見えた。
この後、二人はトロッコ列車に乗り宇奈月温泉で3日間の汗を流し(って、昨日も温泉に入ったか...)、初の北陸新幹線に乗って帰路に就いた。もちろん、新幹線の中では富山の酒と肴でお互いの山旅を締めくくったことは言うまでもない。

【Start 2日目:ロッジくろよん~阿曽原温泉小屋 3日目:阿曽原温泉小屋~Goal 欅平】
 → 1日目は黒部ダムからロッジくろよんへ約2km(前泊)。
総行程は、距離(2日目約20km、3日目約10km)、出発地点標高(1480m)、最高標高 (不明)、最低標高(599m)(欅平)、移動平均速度(約1.9km/h)、総所要時間(2日目約11h30m、3日目約4h00m)(GPSはここでは上手く機能しないみたい。深い岩の谷のせいか?)

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2017年10月15日日曜日

ダウンパンツ購入『MOUNTAIN EQUIPMENT POWDER PANT』

来週、北アルプス方面への山行を計画している。季節も季節だが、天候もあまり芳しくないようなので、それなりの防寒対策が必要となる。まあ、そういうわけで前々から欲しいと思っていたダウンパンツを買った。そう、安全確保のためしょうがなく買ったのだ。家内にはそう説明した(汗)。
買ったのは、マウンテンイクイップメントのパウダーパンツ。わずか211gでテン泊時の寒さを格段にしのげるのであれば、ややお値段は張るものの、この時期の装備としてはやはり必要なものとして準備しておくべきなのだろう(汗汗)。
自分の場合、この時期のテン泊時の防寒対策として、これで上下のダウンが揃ったので、これにモンベルダウンハガー800の♯3(リミット温度-2℃)のシュラフと、ゴアのシュラフカバーとセットで使用すると、おそらく-10℃くらいまでは行けるんだと思う。来週の山行もこれで安心だ。しかも奥多摩辺りの低山であれば、真冬も行ける計算になるので、これでずいぶんと山行の多様性が高まったことにもなる。今度の冬は奥多摩に冬キャンプでも行ってこようかな。家内は付いてきてくれるだろうか...、だめか家内は装備を持っていない。じゃあ、やっぱりお一人様か。



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2017年10月6日金曜日

一泊二日『涸沢カール』への旅

2日目の早朝、目の前の穂高連峰は赤く照らされた。さあ、新しい一日が始まるぞ。

先週の週末、あの涸沢カールに家内と行ってきた。もちろん上高地から歩いてだ。とうとうこの自分も北アルプスデビューである。まあ、そうは言っても山頂を目指したわけではなく、あくまでも涸沢カールを目的地として歩いてきたのだが。それでもこの涸沢カール、家内だけではなく、自分にとってもなかなかな強敵だった。というのも、出発地点の上高地バスターミナルから目的地の涸沢カールまでの片道の距離は約17kmと、およそ3分の2が平地だとはいえ、家内はもちろん未曾有の距離であったし、自分は自分で20kg近い荷物を背負っての歩き。それなりの不安と覚悟を持っての出発となった。
とはいえ、そこは初めての上高地、初めての北アルプス。テンションが上がらないはずがなく、2人とも上高地に着くなり河童橋を見ては「キャー」、その背後にそびえる明神岳を見ては「オー」と、まさにお上りさん状態。実際に歩いてみても、上高地を発って1時間ごとに明神、徳沢、横尾と、山小屋が配置されて休憩できるので、初めの長い平地歩きもそれほどダラダラとした感じはない。また、その後の横尾大橋を渡ってからはどんどん景色が変わっていくし、本格的な登山道に入っても危険箇所はほとんどないこともあって、目的地に着くまでのワクワク感を存分に楽しめるコースだった。

雲一つない錦秋の涸沢カール。そのスケール感にただただ圧倒されるばかり。

そしてなんと言っても、涸沢にたどり着いた時のあの感動。いままでテレビや写真でしか見たことがなかったあの景色がすぐ目の前にある。スケール感のある美しいカール地形、威厳さえ放つ岩山、錦色に燃立つ紅葉、そしてこの日はそれらを引き立たせる雲ひとつない青空があった。完璧である。夜は夜で満天に広がる星空と暗闇を彩る色とりどりのテントの明かり。そして翌朝のモルゲンロート、自然に涙が流れてきた。山やってて本当に良かったと、何度も何度も心の中で叫んだ。人生五十有余年、おそらく自分の中ではこの景色がナンバーワンだと思う。ここはそんな特別な場所だと強く感じられるところだ。
ただ、ただ一点だけ難点を挙げるとすれば、それは異常なまでの登山客の多さ。目的地まで長い道のりがあるにも拘わらず、昨今の登山ブームに外国人観光客の増加もあってか、この日もテントだけで1000張り以上は確実にあって、二つある山小屋もおそらく超満員なんだろうと思う。いくらスケールの大きな涸沢といえども、この日、ここにはいったい何人の登山者がいたのだろうか。涸沢ヒュッテの売店には長蛇の列ができ、名物のおでんセットにありつくには何時間かかるのか。もちろんトイレも同様で、便器にたどり着くまで30分以上は確実にかかり、もようしてから列に並んでは時、既に遅しである。テン場に至っては、砂地なんて残っているはずもなく、それどころか、よもやテン場とは思えないようなゴツゴツした岩の上に仕方なく張るしかなく、夜は寝辛さに悩まされた。

前穂高岳から大きな月が顔を出してきた。この日は明るい月夜だ。

人だらけの涸沢、自分たちは今回そんな大変な目に会うとも知らずに行ってしまったけど、平日や他の季節は分からないが、この時期の週末の涸沢に行くには相当の覚悟が必要。でも逆に言うと、あまり構えすぎると行けなくなってしまうかな。勢いも必要だと思う。そうした点も含めて実際に歩いてきた者の率直な感想としては、「それでも一度は歩くべき」ということ。そして「次はこの季節を外して行こう」とも思った。つまり、大変な思いはしたけれどもう一度行きたい、涸沢カールはそういうところであることは間違いない。
さて、日頃トレーニングをろくにしていない家内と歩いたコースタイムを以下に記すこととしよう。きっと、トレッキング初心諸君の参考になると思う。そして最後に一言、言わせてほしい。「山サイコー!」。

【1日目】 8:19 上高地バスターミナル → 9:26 明神館 → 10:15 徳沢キャンプ場 → 11:34 横尾山荘 → 13:13 本谷橋 → 15:44 涸沢ヒュッテ
【2日目】 6:37 涸沢ヒュッテ → 8:35 本谷橋 → 9:44 横尾山荘 → 11:09 徳沢キャンプ場 → 13:00 明神館 → 13:57上高地バスターミナル


【1日目:Start 上高地バスターミナル~明神~横尾~涸沢テン場】
総行程は、距離16.9km、出発地点標高1504m、最高標高2305m(涸沢ヒュッテ)、最低標高1504m(出発地点)、移動平均速度 約1.9km/h、総所要時間8h38m(by garmin)
【2日目:Start 涸沢テン場~横尾~明神~上高地バスターミナル】
総行程は、距離16.5km、出発地点標高2294m、最高標高2303m(涸沢ヒュッテ)、最低標高1508m(上高地バスターミナル)、移動平均速度 約2.2km/h、総所要時間7h19m(by garmin)


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2017年9月24日日曜日

富士山展望台『金時山』

日本一の山、富士山。たまに見たくなるんですよね。

雨男の自分、今年は特にその能力を発揮し、自ら計画した山行をことごとく中止に追いやってしまった。先日の3連休も随分前から家内とテン泊山行を計画していたが、台風の影響によりあっさり中止となってしまった。ただ、連休に入ってすぐ、最終日の天気が晴れの予報に変わってくれたので、久々に家内を引き連れて山に向かうこととした。
歩いてきた山は『金時山』。箱根にある、あの金太郎伝説で有名な山だ。神奈川県民には気軽にハイキング的な登山を楽しめる山として親しまれているのだそう。
この山をチョイスしたのは、もうかれこれ5年ほど前だろうか、やはり家内と歩こうと思って計画して、何かの理由で断念した山だから。その後、そのとき作成した登山計画書や地図はどこかに埋もれてしまっていたが、今回、家内が「そういえば、あれあったじゃん」的に思い出し、ようやく日の目を見ることになった。
朝早く東名高速を走らせていると、ややしばらくして日本一の富士の山がどーんと視界に入ってくる。この日は快晴、運転しながら早く歩きたくてうずうずしていた。その後、車を金時神社手前の無料駐車場に停めて、歩き始めたのは午前8時半、薄暗い杉林の登山道は台風の影響からか辺りには木の枝や葉っぱが散乱している。登山客もまばらな中、約一年ぶりの家内との山歩きがスタートした。このところ我が家ではいろいろな問題が起きていただけに、そんなことを払拭するかのように、家内は「やっぱり山はいいね~」と何度も呟き、自分はというと、雨に濡れた濃い緑の森を眺めながらうんうんと頷いていた。

歩き始めは杉林の登山道。鎮守の森ということだろう。

特に危険な箇所もなく、傾斜も緩やかな登山道。とはいえ膝にやや不安を抱える家内に配慮し、二人はゆっくりゆっくりと山頂を目指した。時折視界が開ける場所に出るが、厚い雲が勢いよく流れていて展望があまり効かず、その後、2時間かからずに辿り着いた山頂にも厚い雲が張り付いていて、視界はほぼゼロ。その山頂には意外にも登山者が20~30人ほど休憩していて、晴れの日を待ち望んでいたのはどうやら自分たちだけではなかったよう。問題は、この雲。富士山には雲がかかっていないはずなのに、ここが雲に覆われてしまっては、せっかっくの目標物も拝むことができない。そう、この日は富士山にほど近いこの山の頂からあの雄姿を眺めることが最大の目的だった。

この日、山頂に着いたときはこんな感じ。少しだけ絶望したかな?

唯一の期待としては、雲の流れるスピード。時折雲が薄くなったときに一瞬、うっすらとすそ野を広げたあの雄姿が姿を見せ、その都度、山頂では歓声が上がる。少し時間をかけて待ってみようと、強風の中、ガスバーナーに火を点け、早めの昼食を食べていると、思ったより早く「その時」はやってきた。この山を覆っていたしつこい雲がすべて抜け、一気に辺りは快晴となり、この場所がこんなにも展望の良い開けたところだということに気付いた。こんなことってあるのか?ああ、富士山がでかい!やっぱり富士の威厳はすごいな!それにしてもここは、まるで富士山の展望台のようだ。
その後、二人は霊峰富士に祈りを捧げ、乙女峠を経由する縦走ルートを歩き、スタート地点の金時神社に下りた。久々の家内との山歩きは、実に満足のいく楽しい山歩きとなった。帰りの車の中で家内はすぐに「次はどこ歩く?」ですと。なんだか、家内の山愛に再び火が燈ってきたようだ。さて、次はどこに行こうか。


【Start 金時神社駐車場~金時山~長尾山~乙女峠~Goal 金時神社駐車場】
総行程は、距離約 8km、出発地点標高695m、最高標高1212m(金時山)、最低標高695m(出発地点)、移動平均速度 約1.4km/h、総所要時間4h52m(recorded by garmin(スタート時に不具合発生))

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2017年9月2日土曜日

槍ヶ岳開山(新田次郎)

年季物の本、初版は昭和43年で、これは昭和50年の第20版でした。

この夏、登るはずだった槍ヶ岳。40年ぶりの長雨に阻まれ、惜しくも夢と散ってしまったが、そんな槍ヶ岳登山に向けて読んでいたのが、近所の図書館で借りてきたこの本。もともと自分が持っていた槍ヶ岳のイメージは、「北アルプスの中心」、「ほかの山頂からの眺望のシンボル」、「岩」、「登攀」などなどで、この本を読んでみると、そうした自分が抱いていたイメージが江戸時代の人々も同様に感じられていたことが分かって、この槍ヶ岳という山にググッと親近感を覚えてきた。いまだ北アルプスを歩いたことのない自分、事前のルート調査とこの本を読んだことによって、歩いたことのない槍ヶ岳の付近の景色が目に浮かんでくる。楽しいやら悲しいやらである。

さてこの物語、時代は1800年代初頭に遡る。農民一揆の混乱により自分の妻おはまを誤って殺してしまい、出家の道を辿ることになった岩松(のちに播隆上人)は、苦しい修行を乗り越え、笠ヶ岳再興に続き槍ヶ岳開山を目指す。衆生済度(しゅうじょうさいど。生きているものすべてを迷いの中から救済し、悟りを得させることの意味で、仏教用語)のためにとしながらも、上人自身の中には亡きおはまに自らの過ちの許しを得ることが強く意識されていた。そしていよいよその頂上に立った時、そこには五色に彩られた虹の輪の中に如来を見たがその如来は形を変え、おはまの顔が浮かびあがってきた。だが、そのおはまは、いまだ憎悪の念を抱くように上人を睨んでいた...。

何とも苦しい物語ではあるが、そうしたストーリーの中にも新田次郎らしく入念な取材の跡が窺われる作品で、仏教解釈のみならず、もちろん地元の訛りや地名などもふんだんに出て来ていて、特に印象に残ったのが上高地は昔は「上口(かみぐち)」と呼ばれ神聖な場所だったようだし、現在の槍沢ルート途中にある播隆窟(坊主岩)も昔から岩小屋と言って、避難小屋として使われていたようだ。あ~あ、こんなことばかり詳しくなっても、実際にこの目で見ないと意味がないんだけどね。でも、来年こそは行くぞ北アルプス。そして待っていろよ槍ヶ岳!


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